I. 計画の出現

 それは確か,2003年の終わりごろだっただろうか――“サーベイヤ”,“ロケット打ち上げ”などの謎めいたことばが,組み込みソフトウェア業界のとある一角からささやかれ始めたのは.

 その謎めいた響きの正体は,2004年2月に公開された文書によって明らかにされた.「サーベイヤ計画 目論見書」と書かれたその文書には,組み込みソフトウェア業界全体を巻き込む,今後数年間にわたる“サーベイヤ計画”の正体が記されていた.


[写真2] サーベイヤ計画 目論見書

 サーベイヤ計画とは,生態観測などを目的とした低高度飛翔物体(もちろん,組み込み機器として制御されている)を開発する一連の計画である.計画されているのは,ロケット,3次元無線制御による飛行船,無線制御の小型飛行機などによる生態系観測システムの開発である.開発の過程と成果物は,組み込みソフトウェア開発業界における教材資料として活用するという.サーベイヤ計画の第1弾として記されていたのが,GPSで飛行軌道データを測定する模型ロケット「Hamana-1」の打ち上げだった.

 文書の起草者は,業界のシーラカンスと呼ばれる二上貴夫氏である.「ロケットに組み込みシステムを搭載して打ち上げようよ.そして,その開発経過を組み込み開発の教材にしてさ」,「おもしろそうですね」などという軽いノリでプロジェクトは始まったものと思われる.組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会(SESSAME)やSWEST実行委員会などから,ロケット打ち上げに魅力を感じた7名のメンバが集まった.そして,プロジェクト用のメーリング・リストが2004年2月12日に開設された.

 模型ロケットの打ち上げの経験者は,プロジェクトの発起人である二上氏だけだった.しかし,打ち上げまでには,まだ約5ヵ月半の期間がある.二上氏から,サーベイヤ計画の目論見書のほかに,以下のようなことがらを記したHamana-1の企画書が提示された.

  • 超小型ロケットを利用した低高度(100〜200m)からの地上観測技術を試行する.実験1として,GPSを搭載し,飛行軌道を記録する(地上からも飛行軌道を観測する).実験2として,加速度センサの信号から到達高度を計測する.さらに,自由落下中に地表の画像を撮影する.
  • 2月に基礎計算や方式の検討,3月にダミーを搭載した打ち上げ実験,4月に基地局側の開発,5月に統合試験,6月にドキュメント整理,7月に本実験を行う.
  • 打ち上げ地点(射点)は,浜名湖舘山寺温泉の付近とする.
  • ロケットは,ESTESのCタイプ・エンジンを用いた1段ロケットを使用する.荷重がGPSモジュールやCPUを含むと20gほどになりそうなので,ロケット本体の軽量化が必要と思われる.
  • GPSモジュールは,古野電気製「GH-80」を使用する.外形寸法は21×21×11mm,重量は10g程度.
  • 開発対象となるソフトウェア機能としては,「探査体の制御(離陸同期など)」,「探査体のGPS制御」,「管制発射装置」,「射点における時刻とGPSデータの記録」,「観測点における時刻と探査体方位データ,観測点のGPSデータの記録」,「探査体から得たGPSデータの表示」などが考えられる.

 メンバの面々は,初めてかかわる開発対象に期待で胸をふくらませていた.

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