トップ > 記事 > レビュー > 書評百連発 その二十六


書評百連発 その二十六

西村吉雄 著
『産学連携―「中央研究所の時代」を越えて』


 「構造改革」を叫ぶ前に見つめるべき日本の姿



日経BP社刊
ISBN:4-8222-4323-0
18.2×12.8cm
308ページ
1,800円(税別)
2003年3月(初版第1版)


 日本の復活をかけた国家百年の計について,百家争鳴の議論がなされています.このような中で,唯一とも言える国民的なコンセンサスは,「天然資源の乏しい日本にとって,産官学が協力して創造的な社会を作る以外に道はない」と言うことでしょう.この点については,だれからも異議は出ないように思います.

 このような立場から,政府は一丸となって科学技術の振興を図っています.そして,乏しい予算の中で政府の研究開発費は平成13年(2001年)から17年(2005年)にかけて,24兆円へと急拡大しています.これは,平成8年(1996年)〜平成12年(2000年)の17兆円に比べると,実に36%の増加にあたります.

 この国家百年の計の根幹をなすのが「産学連携」です.いわば,「みんながお互いに協力して知恵と汗を流そう」というわけなのです.

 では,現在,「産学連携」はうまく行われているのでしょうか.この問いに対しては,いささか首をかしげざるをえません.

 さて,このタイミングで,西村吉雄氏が「産学連携」と題する本を出版されました.まことに時宜にかなったしごとであると言えます.副題が「『中央研究所の時代』を超えて」となっているのは,かつて同氏が米国のRichard S. Rosenbloom氏の編さんによる書籍のタイトル“Engines of Innovation―U.S. Industrial Research at the End of an Era”を「中央研究所の時代の終焉」と意訳したことに由来するものでしょう.いってみれば本書は,日本版“Engines of Innovation”であり,日本の科学技術に対する同氏の憂国の提言であるといってもよいのではないでしょうか.


●産学連携の問題を平易な語り口で提起

 
本書は序章に始まり,八つの章と七つの付録からなっています.
ちなみに,そのタイトルを以下に挙げてみます.

第1章 産業・経済にとって研究開発とは何か
第2章 知とアントルプルヌールシップの新結合
注1
第3章 中央研究所とリニア・モデルの時代
第4章 ITが「中央研究所時代の終焉」を準備
第5章 タテからヨコへ――ネットワーク時代の産業構造
第6章 なぜ産学連携か
第7章 日本における産業技術開発体制と産学連携の推移
第8章 日本の産学連携――期待と現状の落差を超えて



 タイトルからも想像されるように内容はきわめてユニークで,示唆に富んでいます.すべての章にわたって鳴り響いている「西村節」に納得するか否かは別にして,問題提起の書として心ある人に一読を勧めたいと思います.

 同氏は周到にも,上記の八つの章を補筆するものとして,膨大な付録を用意しました.ここでは,本文を補う具体的な例が述べられています.ただし,この付録は本文と表裏をなすものであって,文字どおりの“付録(つけたし)”ではありません.

 本書の内容は多岐にわたり,必ずしも整然とはしていません.それは,ここで提起されている問題自体が整然とさせようのないものであることを意味しています.国家百年の計がそんなに簡単に割り切れるものではないということでしょうか.

 語り口は平易です.とかくこうした本は数字や統計の羅列であったり,普通の人には理解しがたいようなことばによって語られることが多いのですが,本書に出てくることばはたいへん平易なものです.これは,おそらく,著者自身がつねに心がけているためではないかと推測します.例えば,第5章におけるシュンペータ
2のイノベーションの解釈や,付録Dにおける「この指とまれ」的な提言は,今までの類書には見られない語り口であって,本書の特徴の一つであるといえます.いわば,日本のこの分野の議論のレベルが,諸外国の論文の訓読学から抜け出した一つの例として,本書を挙げることができるでしょう.

 日本は今,どこに行こうとしているのでしょうか?

 小泉構造改革のゆくえが混沌としてきている現在,われわれはここで,枝葉末節にこだわることなく,日本のあるべき姿をもう一度,真剣に議論すべき時期にきているのだと思います.そのことなしに,いたずらに構造改革を叫んでみてもむなしいだけでしょう.西村氏の手になる本書が,その一つのきっかけを作ることを心より期待しています.



水野博之
高知工科大学副学長




注1:アントルプルヌールとは,ベンチャ起業家のこと.
注2:米国の経済学者.「新結合(イノベーション)」の概念を唱える.


トップ > 記事 > レビュー > 書評百連発 その二十六
Copyright 2003 CQ Publishing Co.,Ltd.

Webmaster@kumikomi.net